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大阪地方裁判所 昭和48年(わ)2513号 判決 1980年1月30日

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年四月から岡崎工業株式会社大阪支社建設事業部大阪地区建設事業所長、同年一一月から同建設事業部大阪建設統轄部長、次いで翌四四年一〇月からは同大阪支社の建設統括本部長として、いずれも同支社が請負う建設工事に関する請負契約の締結、工事の施工ならびにこれに伴う請負代金の請求、受領等の業務を統括していたものであるが、同支社では昭和四三年八月二八日株式会社日動(代表取締役倉田建市)との間に同会社を注文者とする芦屋市南宮町六五番地に地下一階、地上一〇階(一部塔屋三階建)鉄骨鉄筋コンクリート造りのマンシヨン一棟の建築工事請負契約(請負代金四億一、三〇〇万円)を締結し、被告人の指揮監督の下にその工事を施行していたところ、同工事につき基礎部分のコンクリート打ちが終了し、地下一階部分の仮枠建込みにとりかかろうとした翌四四年四月初めころ、先に建方を終了していた第一節鉄骨性の地下一階部分の寸法が、設計図面所定の寸法より一五〇ミリメートル不足していることを知つたが、右鉄骨柱の寸法不足を修補せずに工事を続行すれば、地下一階の階高の寸法に一五〇ミリメートルの不足をきたし、かつ、一階床面の位置が一五〇ミリメートル低下し地面とほぼ水平となることとなつて到底注文者側の容認しないところであることを認識しながら、前記倉田建市ら注文者側関係者が、右鉄骨柱の寸法不足の事実に気付かず、工事が設計図面どおりに実施されているものと誤信しているのを奇貨とし、あくまで右寸法不足個所の修補をせず、かつ注文者側にその事実を告知しないまま工事を続行し、注文者から約定の請負代金の部分払いを受けようと企て、右工事の監理技師(工事監理者)である株式会社武内建築事務所の専務取締役藤川明雄らと共謀のうえ、別紙一覧表記載のとおり昭和四四年四月三〇日から同年九月三〇日までの間四回にわたり神戸市生田区加納町二丁目一八番地所在の株式会社日動の事務所において、前記のように鉄骨柱に一五〇ミリメートルの寸法不足が存し、且つこれを修補しないまま工事を施行しているとの事実を告知せず、工事が設計図面どおりに実施されているもののように装つて、情を知らない部下の営業部員を介して倉田建市に対し請負代金の部分払いを請求し、よつてそれぞれその頃同所において、その旨誤信している同人から株式会社日動代表取締役倉田建市振出名義の約束手形合計一二通(額面合計一億三二〇万円)の交付を受けてこれを騙取したものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

一弁護人は、本件マンシヨン新築工事に関する第三七図(鉄骨架構図)には、地下一階の階高が三、一五〇ミリメートルと表示されており、本件工事はこれに従つて施行されたものであるから、他の設計図面にその寸法を三、三〇〇ミリメートルと表示しているものが存していたからといつて、本件工事が、右地下一階の階高に関し誤つた施行をしたというべきではなく、建築基準法による建物の高さ規制の点からみれば、むしろ右の階高を三、一五〇ミリメートルとすることが妥当であり、従つて本件工事について判示のような階高不足の事実は存しない、と主張する。

しかしながら、<証拠>を総合すると、たしかに本件工事に関する設計図面のうち三七図(鉄骨架構図)には、地下一階の階高の寸法が三、一五〇ミリメートルと表示されていること、弁護人指摘のとおりであるが、他方右三七図を除く関係設計図面には、その階高の寸法がすべて三、三〇〇ミリメートルと明記されており、これらを比較検討すれば、三七図の右記載が誤りであることは自ら明らかというべきである。この点、本件工事にたずさわつた岡崎工業株式会社大阪支社の関係者ないし、その委託を受けた者がうかつにも他の設計図面と比較検討することなく、右三七図のみに基づいて、鉄骨柱の第一節地下一階部分の寸法を本来の長さよりも一五〇ミリメートル短かく裁断し、これをそのまま組み立てたため、その階高が三、一五〇ミリメートルとなり、本来の寸法より一五〇ミリメートル不足する結果をきたしたもので、右工事に判示のような階高不足の事実が存したことは疑いの余地がない。従つて弁護人が、右三七図の記載を根拠とし、更には、建築基準法による本件マンシヨンの高さ規制等にも言及して、地下一階の階高が三、一五〇ミリメートルとなつていることを正当化とする主張は、到底採用できない。このことは、その後被告人を含む岡崎工業株式会社大阪支社の関係者及び本件工事の施行監理者である武内建築事務所の関係者らが、右階高不足の事実に気付くや、後記のようにこれを注文者側に覚られることを極力おそれ、互いにこれを秘匿して工事を続行していた事実からみても、十分首肯し得るところである。

二弁護人は、本件マンシヨンの工事請負契約約款によれば、その工事施行に関する事項については、監理技師が注文者を代理することになつており、図面と工事現場の状態が一致しないときは、請負者はこれを監理技師に通知し、その指図を受ければ足り、請負者が直接注文者に対し、その告知義務を負うものではない、従つて、本件工事について判示のような階高不足の事実が存したとしても、岡崎工業株式会社大阪支社としては、これを本件請負契約上の監理技師である株式会社武内建築事務所に通知し、その指示のもとに以後の工事を進めていたものであるから、契約上の義務違反は存在しない、と主張する。

しかしながら、前掲各証拠によれば、被告人は、昭和四四年四月ころ岡崎工業株式会社大阪支社建築部長の山本裕から、本件マンシヨン地下一階の階高が、鉄骨架構図の誤りから、一五〇ミリメートル低くなつた旨の報告を受けたが、当時既に同マンシヨンの鉄骨の組立ては地上四階部分に相当する第二節まで完了しており、この段階で地下一階の階高を一五〇ミリメートル高くなるように修補するには、技術的には困難ではないにしても、そのために工期が相当遅れるおそれがあり、その費用も五〇〇万円程度必要とするうえ、注文者である株式会社日動の代表取締役倉田建市が、これまで些細な点についても再三工事の不備を指摘し、その是正を申し入れてきており、若しこの階高不足の事実が右倉田に知れれば、どのような難題を持ちかけられるかも知れないとのおそれから、この事実を注文者側に秘匿したまま工事を続けようと考え、右山本に対しその意向を打ち明け、このことを監理技師である株式会社武内建築事務所の専務取締役藤川昭雄と協議するよう指示したこと、一方、武内建築事務所の藤川も、山本から右の相談を持ちかけられるや、その施行ミスの原因が請負者である岡崎工業株式会社側の過失に基づくだけでなく、監理技師の立場にある武内建築事務所がその製作について、責任のある鉄骨架構図の誤りに基づいていることから、注文者側より同事務所の責任を追及されることを危惧し、岡崎工業側と共同歩調をとつて右階高不足を注文者側に秘匿したまま本件工事を進めようと考え、その旨を右山本を介して被告人に伝えたこと、次いでこれを受けた被告人は、爾来同年一一月前記倉田建市に右階高不足の事実が発覚するまで、武内建築事務所と通謀のうえ、注文者側にそれを告知しないまま、本件工事を続行させていたことが認められる。

以上の事実によれば、武内建築事務所は、少なくとも右階高不足に関する工事の施行については、監理技師として注文者の利益を正当に代理する立場にはなく、却つて自己の責任を免れるために注文者の利益に反する行動をとつていたものであつて、被告人もその事情を知悉していたものであるから、被告人が右階高不足の事実について、前記藤川に協議を求めこれの了解を得たことをもつて、弁護人主張のように契約約款にもとづく注文者の代理人たる監理技師への通知ならびにその指示を得たものとして、注文者に対する免責的効力を有するものとみることは到底できない。この場合、被告人としては、武内建築事務所が右階高不足について、かかる態度をとつていた以上、民事契約法上の基本理念たる信義誠実の原則からみて、直接注文者にその事実をありのまま告知し、その指示をまつべきは当然というべきである。

三弁護人は、請負契約においては、注文者は、仕事の目的物に瑕疵があつても、その瑕疵が重要でない場合でその修補に過分の費用を要するときは、その瑕疵の修補を注文者に請求することができない(民法六三四条一項但書)ところ、本件において地下一階の階高が一五〇ミリメートル低くなつた点については、本件マンシヨンの効用に何らの支障もきたさない程度のものであつて、他面その修理には多大の費用を要するものであるから、注文者である株式会社日動は、請負者の岡崎工業株式会社大阪支社に対し、その修補を請求することはできず、ひいてはそれを理由として、請負代金の支払いを拒むことはできない性質のものであり、従つて、被告人が右の瑕疵を注文者に告知しないで代金の部分払いを受けたとしても、これが詐欺罪に問われるいわれはない、と主張する。

しかしながら、前掲各証拠によれば、本件マンシヨンは、判示のように地下一階、地上一〇階建(一部塔屋三階建)鉄骨鉄筋コンクリート造りとし、注文者は、そのうち地下一階を当初、主としてガレージに使用することにしていたが、昭和四四年二月ころ設計変更をして、電気室、貸倉庫、貸店舗、喫茶店等として使用することに変更し、また一階を貸店舗、二階以上をいわゆる分譲マンシヨンに充てることを予定していたものであるところ、前記のような一五〇ミリメートルの階高不足の工事がなされた結果、地下一階に関しては、電気室や喫茶店の設備、構造等について新たな手直し工事を必要とすることになるほか、一般的にみて、階高が一五〇ミリメートル低くなつたこと自体、本来予定されたものに比し、その効用の低下をきたすことになるであろうことは否定し難いところである。また、本来の設計では、一階の床面(1FL)が地面(GL)より一五〇ミリメートル高くなる筈であつたのに、右階高不足の結果、1FLとGLとが水平になつたため、これにより地上の流水がマンシヨン内に流入することを懸念する注文者側の心情は、十分理解できるものであり、この不安を解消さすためには、一階床面上に軽量コンクリートを積むなどして、床を高くする方法をとる必要があるが、このような方法をとれば、一階の階高がそれだけ低くなることもまた避けられないところである。従つて、これらの点を考えただけでも本件階高不足は、これを補うための予定外の工事を必要とするうえ、完成後の建物使用の面にも重要な影響をもたらすものがあり、弁護人主張のような民法六三四条一項但書にいう瑕疵が重要でない場合には、到底該当しないというべきであつて、これと前提を異にする弁護人の主張は採用することができない。

四弁護人は、本件請負契約に関し、岡崎工業株式会社大阪支社の組織上、契約の締結、代金の請求、収納等を統括していたのは、支社長(当時は岩佐隆一)であり、実際にはその下にある総務部がその業務を行つていたもので、被告人は、単に現場での責任者(しかも本件当時は、建設事業部大阪建設統括部長であつて、起訴状記載の建設統括本部長になつたのは、昭和四四年一〇月一日からである)に過ぎず、従つて、被告人には、職制上本件各約束手形を受領すべき権限はなく、また、現にこれを受領した事実もないのであるから、被告人がこれについて責任を問われるいわれはない、と主張する。

たしかに、岡崎工業株式会社大阪支社の組織上の職務分掌からみれば、本件請負契約についての最高責任者がその支社長(当時は岩佐隆一)であり、その意味で本件各約束手形の受領についても右支社長が、その職制上最終的な責任を負うべき立場にあつたことは、弁護人主張のとおりであろう。しかし前掲証拠、就中被告人の検察官に対する各供述調書、証人岩佐隆一、同中村浩一、同山本裕の当公判廷における各供述によれば、判示のように被告人は、昭和四三年四月から右大阪支社の建設事業部大阪地区建設事業所長、同年一一月から同建設事業部大阪建設統括部長、次いで翌四四年一〇月から建設統括本部長の地位にあつたもので、このように職名は変わつたものの、これらの職名変更は、会社内部における組織の名称変更によるものであつて、その実質的権限に殆んど差異がなく、いずれも右大阪支社が受注、発注する土木建築工事を統括する立場にあつて、本件マンシヨン建築工事に関しても、同大阪支社側の現場における最高責任者として、その施行を指揮監督し、同支社がこれについての請負代金である判示各約束手形を注文者たる株式会社日動側に請求するに当つては、被告人が右工事の出来高を把握検討しこれを承認決裁したうえ、部下職員をしてこれを請求、受領させていたものであり、被告人がこれについて職制上権限を有していたことは、明らかというべきである。尤も、右請求をなすについては、被告人の右決裁後更に支社長の決裁を要するものとされており、これが岡崎工業株式会社大阪支社における内部職制上最終的な責任の所在を示したものとみるべきこと、弁護人指摘のとおりであるが、他方、本件工事の施行状況を直接把握し、その全体的指揮監督をする立場にあつた被告人の前記決裁が、判示各約束手形についての請求、受領に関し極めて重要な役割を果たしていたことも、また動かし難いところであつて、会社の職制上支社長の最終決裁を要するものとされていることをもつて、被告人にその権限がなかつたものとすることはできない。

五弁護人は(一)岡崎工業株式会社大阪支社が、注文者株式会社日動より判示各約束手形を受領した時点において、本件工事は、いずれも、それぞれの出来高以上に進展しており、注文者側もその出来高を十分確認して右約束手形を交付していること、(二)本件各約束手形は、いずれもその支払期日が一六ケ月先(工事竣工登記完了一ケ月以後)になつており、しかもそれは右登記完了時点より銀行がその支払保証をすることになつていたため、岡崎工業側としては、これを割引きに出すことができず、単にその一部を銀行担保に差し入れただけで、これを手形決裁に回わしていないこと、(三)本件階高不足を注文者に告知せず工事を進めたのは、武内建築事務所の責任者と岡崎工業株式会社の上司の指示によるものであつて、被告人のみにその責を負わすことは酷であること、(四)本件マンシヨンは、判示階高不足があつても、設備の改良や設計変更等による若干の工夫でその使用自体には影響がないこと、(五)本件公訴の提起は、本件階高不足の事実が注文者側に知れてから約四年後になされたものであり、この種事案について右のような期間経過後に被告人を処罰することは、刑事政策的にみても疑問があること、等々の事由をあげ、本件について被告人を処罰するに足る実質的違法性がない、と主張する。

しかしながら、まず、仮に弁護人主張のように階高不足の点を除外すれば、判示各約束手形受領の際、本件マンシヨン工事の進行程度が、いわゆる出来高に達していたとしても、本件工事において階高不足の点が前記のとおり重要な内容を持ち、請負者として、これを正規の設計図面どおり修補しない以上、いかに工事を進めても、請負契約上の完全な債務の履行があつたものということはできず、従つて、この点を度外視して、代金受領に見合う工事の出来高を論じることは相当ではない。また、右階高不足を注文者側に告知せず工事を進めた点について、武内建築事務所側がこれに同調していたことは前記のとおりであり、また、前掲各証拠によれば、岡崎工業株式会社における被告人の上司も、これを了承していたことがうかがえるけれども、このことが被告人の刑事責任の成否に影響を及ぼすものではないことは言うまでもないところである。従つて、被告人の本件行為が違法類型としての詐欺罪の構成要件に該当することに疑いの余地はなく、弁護人主張のその余の各論点を検討しても、被告人につき、実質的違法性を欠くとみるべき事情は何も存しない。

以上のとおりであるから、弁護人の各主張は、いずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、包括して刑法六〇条、二四六条一項に該当するので所定刑期範囲内で処断すべきところ、本件は、マンシヨン新築工事を請負つた建設会社の工事施行責任者の地位にある被告人が、工事上の重大な瑕疵を注文者に秘匿し、代金の部分払い名下に額面金額一億円余の約束手形を騙取した事案であつて、その結果、長期間にわたる工事の中断をきたすなど、これにより注文者側に与えた損害は重大なものがあり、その主要部分に関与した被告人の責任は軽視し難いが、他面これについては、本件請負契約上重要な地位にある多くの関係者の通謀ないし了承のもとに行われたものであつて、必ずしも被告人一人にその責任を負わせるべき性質のものとはいえず、また、これについては、既に請負者と注文者との間に、訴訟上の和解が成立していること等の事情を勘案し、被告人を懲役一〇月に処するが、刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(長崎裕次)

別紙一覧表<省略>

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